「甚平ザメ」とは?

甚平ザメ(じんべいざめ)
The Jinbeisharks

39歳 男
神奈川県出身・在住
白縁メガネがトレードマーク

【趣味、好きなこと】
一人旅、
ショットバーに行くこと(ビールとウィスキーが好き)
裁判傍聴、美術館巡り
昭和の名曲を聴くこと。
aikoが好き

【好きな食べ物・料理】
長ネギ、ミョウガ、納豆、チャーハン
ぬか漬け(特にナスときゅうり)

【嫌いな食べ物・料理】
高野豆腐(噛んだとき出るあの汁が苦手)
はんぺん(味を全く感じない)
おから(食わず嫌い)

【好きな言葉】
It’s never too LATE to START
(なにをはじめるにも、遅すぎるということはない)

人生に失敗しないと、人生を失敗する。

【私の人生と思い】
神奈川県横須賀市で出生。

毎朝、幼稚園に行く前に、フジテレビ系の子供番組
「ひらけ!ポンキッキ」を見て楽しんでいたが、
幼稚園バスに乗るときになると、お腹が痛いと言ったり、
大泣きする子であった。なぜ、あんなに泣き出していたのだろう?
いまでも分からない。自分のことなのに。それも、毎日のように。
それでも、無理矢理、幼稚園バスに乗せられ、連れて行かれていた。
今なら虐待とか言われてしまうのだろう。

中学では水泳部に所属。

公立高校に進学したら、プールを作るスペースはあるのに、
お金が足りず、プールが作れなかったことを知り、演劇部に所属。
そして、演劇にハマり、仲間が劇団を立ち上げ、
横浜や東京都内で、数年、演劇の公演を数回実施する。

その後、21歳から2年間、コンピューターの専門学校に通学する。
卒業後、新卒で入社することになる会社の会社説明会に、22歳の時に参加する。

その会社は、1990年代、大手電機メーカーともに、電話交換機と電話ネットワークを海外展開していて、まさに

“電話のない国に、電話ネットワークを作る”

というすごい仕事をしていた。
ロシアで国から表彰されたりしたらしい。

会社説明会でその会社の社長が、
世界100ヶ国以上をまわってきたという話を聞き、衝撃を受け、私は人生で初めて、
海外に対する興味や憧れを感じた。
この会社に入り、海外で仕事がしたいと強く思った。

そして入社したものの、時代は電話からインターネットへと移っており、NTTの規制が緩くなり、海外の仕事がほぼなくなり、日本国内の仕事だけになった。

そうして入社して3年ほど勤めたのち、むしろ海外への情熱はより一層強くなり、

会社を辞め、東南アジアのタイで就職するため、人生ではじめての海外に、ひとりで行った。
2週間ほど滞在して、就職活動を行った。・・・が、うまくいかず。

その後、また日本国内でADSLやIP電話のネットワークの運用、監視など、
コンピューターの仕事を数年やったのち、製造業や建設業などの仕事に変わり、
時折、海外に行く仕事を探し、これまでに、韓国やメキシコ、ラオスなどで仕事をした。

プライベートでは、東南アジアを中心に、バックパッカーのような旅をしてきた。

特に、ミャンマー(ビルマ)は、日本ではイメージが悪いが、とても気遣いができ、時間もキチッとしていて、貧しいけれども、賢い国民であるという印象を感じた。自分の目で、見てみるというのは、大事なことだと思いました。

自分自身、人に誇れるような人生を送って来たとは思っていない。
むしろ、うまくいっていない側だと思う。

諦めてきたことは数え切れないほど、たくさんある。だけど、やっぱり、

心から消えないこと、それが、「海外」である。

いい歳してとか、何度も何度も思ったけど、
これからは違う。絶対に違う。
だから、このプロジェクトをはじめてみた。

「覆水盆に返らず」、過去を悔やんでも、良いことなんて何一つない。よい人生を送るために。


Good Luck!
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